音楽療法士の実際

日本での音楽療法士の認定は民間で様々あり、その中で最も信頼性があるとされているのが日本音楽療法学会の認定です。しかし国家資格ではありませんので、独占業務でないのはもちろん、診療報酬にも絡みません。よって、現場での立場・発言力が強いとは言えません。施設の方針として取り組む姿勢があれば、そこでの発展に期待できますが、そうでないのなら発展の望みはほぼ持てません。
たまにTVで特集されていることもありますが、浸透したと言うには程遠いのが現状です。近年では目立った手法の変化もなく、大抵はボランティアにより実施されているというところで、職業としての認知もまだまだです。

このように、現場でのMTはまだまだ前途多難なのが実情です。MTを志していても意志が折れたり、セラピストよりもプレイヤーの方が楽しいなどで、MTから離れていく人も多々。それはそれで仕方のないことですが、MTを志すならまず自分自身がMTに対する信頼を失ってはならないのです。

「Therpist=療法士」なわけですが、その言葉にとらわれると「治療しなきゃ」となって、何とかしてプラスの効果もたらそうと必死になります。それはわかるのですが、音楽というのは物質ではないので、「この音楽はこれに効く」というものではありません。まあ「ポドルスキーの音楽処方」というのもあるので、そういった効果を否定するわけではありませんが、MTを受ける相手には個別性があるので、一括りにできるものではないと考えています。
薬物療法で例えれば、眠れない人に眠剤を処方しても「あの眠剤は眠れるけど、この眠剤は眠れない」ということはしばしば。精神科の薬物療法ですらがルーチン化された処方を良しとしていないのに、MTがルーチン化されて良しのはずがありません。

私は10年以上の精神科看護師生活の中で、患者さんと、あるいは施設の利用者さんと、音楽を通して触れ合ってきました。そこで感じたのは、MTとは全方位的である事が重要だということです。砕けて言えば「ジャンルに囚われない」ことですね。ジャンルというのは音楽だけの話でなく、例えば文学だったり絵画だったり…「分野」と言えばよいでしょうか。
精神科の患者さんというのは、博学な方は珍しくなく、思っていた以上に音楽への知識を深く知っていたりします。高齢者の方も、時代時代の音楽を聴いては「この時代は…」と話し出すなど、経験値の多さに驚かされることは多いです。
こういった人達とは、MT云々よりも、音楽を媒体としたコミュニケーションでの信頼関係構築がしやすいのです。そこができてくれば、自然とMTは効果的になってきます。言わば「イントロが重要」なので、その面では非常に日本的な音楽療法士の立ち回りですね。


少し話が逸れますが、実は最もMTが必要なのはミュージシャンなんじゃないかと思ったりします。何故なら、最も音楽に囚われてる人種だから。プロなら当然そこまで踏まえて動いているでしょうし、報酬も得ているでしょう。しかし、アマのミュージシャンはまさしく「上手くなる」や「こだわり」という毒にかなり侵されています。その毒を持ったまま活動しているから周りも毒に侵されることがしばしば…これでは豊かさをもたらすはずの音楽が、つらいものになってしまいます。

なので私は、音楽をやるなら少しでもMT的な視点、というか感性を持って欲しいと思っています。資格や認定を目指すということではなく、「音楽の毒からの脱却」です。
とかく日本では、芸術に対する「こだわり」が賛美され、それこそが巨匠の証のようにされますが、音楽療法士にはそれは不要、むしろ邪魔になります。
例えば音楽を「格闘技」とした場合、現場で求められるMTは言わば「総合格闘技」です。「打撃のみで攻める」「寝技を極める」と言っていると負けます。なにせ、対戦相手の情報があまりないことも珍しくなく、そこで設定されるルールは闘技場に行くまでわからないことがほとんど。「拳を完璧に仕上げたぜ」と意気込んで行ったら「今日は組み技対決です」なんてことがありますからね。 …と、わかりにくかったでしょうか? 要するに、高得点の1ジャンルを持つのではなく、中低得点でいいから数ジャンルを持つ方が良い、というイメージです。

色々書いてみましたが、詰まるところ音楽療法士に必要なのは、音楽に対して「好き嫌いで判断しない」ことです。嫌いな音楽に共感する必要はありませんが、それを好きな人もいるわけです。音楽の効果を見る職業である以上、理解を示す・受容することが必要です。また、音楽療法士は演奏家ではありませんので、「聴かせる」にこだわる必要もありません。

こうしてみると、好きなことできずに不自由な感じで「音楽療法士って楽しいの?」なんて思ってきますよね。ところが楽しいんですよ。なぜなら、「こうじゃなきゃ自由じゃない」という感覚から抜け、本当の意味での自由な音楽を感じられるから。
MTで誰より救われてるのは、音楽療法士自身なのだと思います。