音楽療法とは

音楽療法(Music Therpy:MTと略)とは、欧米から始まった治療援助方法です。日本音楽療法学会の定義では「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の軽減回復、機能の維持改善、生活の質の向上、問題となる行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」となっており、その形態はレク、リハビリ、心理療法的なものなど様々です。
音楽療法学会の発足が2001年ですので、まだ若いセラピーであると言えるでしょう。現状では主に、高齢者向けのリハビリや、子供向けのリトミック(リズム教育)などで、少しずつ広がりを見せています。効果を計る論文も多々執筆されていますが、一般の医療者からは「治療と言うにはエビデンス(科学的根拠)不足だ」といった批判を受けることもしばしば…。現在の日本では、MTの地位が高いとは言えませんし、今後高まるかというとそれも微妙なところです。

だからといって諦めてしまっては、元も子もありません。

国が違えば文化も違います。欧米で発展したからと言って、そのMTの在り方が、日本で同じように通じるわけではないのです。例えば、カラオケを日本と欧米で比べると、日本では1人が歌って他が盛り上げるのが普通ですが、欧米では皆で大画面の歌詞を見ながら合唱するスタイルをよく見かけます。
なぜこのような違いがあるかというと、向こうはキリスト教が根底にあり、「皆で歌(聖歌)を歌って一体感を持つ」というのが自然な文化としてあるからです。しかし日本ではあまりそういうのはありませんね。皆で宴会小唄などを歌う風習はありましたが、一体感と言うよりは場の盛り上げという意味合いが強いでしょう。これって結構な違いですよね。
こういった違いを欧米と日本での音楽の前提としておいておかねばなりません。欧米は、音楽を通しての一体感を得やすい国民性であるのに対し、日本人は自分を殺して他に合わせる事が美徳とされているわりには個を出したがるという、なんともやっかいな国民性なわけですね。
よって、欧米とは違う切り口でMTしていく必要があります。「欧米ではこう」というのはよく耳にしますが、合わせる必要はありません、と言うか合わせられません。参考にする、取り入れられるものは取り入れる、という認識でいきましょう。


他のセラピー同様、MTにも集団セラピーと個別セラピーがあります。さらに、目的別に身体と精神とで分かれますが、日本では集団個別問わず、精神的MTは向かないように感じます。と言うのは、先述の国民性のためか、集団だと「私はこの曲がいい!」と言えますが、個別だと「言われたものをやります」となってしまうことが多いのです。
これは決してクライアントが悪いのではなく、強いて言うなら日本の音楽教育が悪いのです。何故なら「音を楽しむ、豊かな時間を過ごす、一体感を得る」ではなく「上手くなる」「知識を持つ」が目的とされているからです。教育による弊害は色々な形で出てくるものですね。
理想を言えば、そういう弊害により出来上がった殻を壊す!ですが、その殻は本人が破りたいと思わない限り壊れません。実は、意外にもその殻は心地よさがあるようで、本人が「殻」と自覚していないことがほとんどです。

ではどういう切り口がよいのかといったら、有り体な言い方ですが、「その人が音楽に何を求めているのか?」を見極めることです。ここだけは、日本も欧米も同じです。
音楽というのは、個人の好き嫌いや思い出として、本人の中にあることがほとんどだと思います。この曲を聴くと楽しかった日々を思い出す、あの曲を聴くと辛かった時代の記憶が蘇る…など。
また、大きな視点で言えば、文化や時代の様相など、様々な事象を表すものでもあります。戦時中の軍歌、高度経済成長を盛り上げた名曲、恋愛至上主義のようなバブル期のニューミュージック、そしてエンターテイメントとして固定してきた最近のポップスなどなど。

音楽は物質ではないので、究極的にはエビデンスなど持てないし、必ず治癒するわけではないし、誰しもに効果的なわけではないと個人的には思っています。人それぞれ音楽に求めるものは違いますし、感じ方も違います。必ずしも「歌いたい」わけではないし「聴きたい」わけでもありません。音楽は常にプラスに働くわけではなく、毒になることもあります。その毒はどこから来てるのか?なぜ毒となるのか?それを明らかにし、介入していくのが精神的MTです。


「音楽の善し悪しを知り、それを人生の肥やしにする」

それが音楽療法であると私は考えています。